優婆夷宝明神社(八丈島)

優婆夷宝明神社


優婆夷宝明(うばいほうめい)神社は、八丈島、八丈小島、青ヶ島の総鎮守として崇敬される古社として知られます。
八丈島の中央部西側、八重根漁港の近くに鎮座しています。

どんな神社?

所在地:
東京都八丈島八丈町大賀郷660
▶︎八丈島空港からバス、バス停「大里」下車、徒歩3分
▶︎八丈島へのアクセスは八丈島の旅行 旅のしおりにて

由緒:
『延喜式神名帳』(えんぎしき じんみょうちょう)の伊豆国賀茂郡に記載される、「優波夷命神社」(うはいのみこと じんじゃ)と「許志伎命神社」(こしきのみこと じんじゃ)の二社が、いつの頃かは判然としないですが、合わせ祀られるようになった神社です。

ご祭神:
優婆夷大神(うばい の おおかみ)、宝明神(ほうめい の かみ)

優婆夷大神は、事代主命(ことしろぬし の みこと)の妃(きさき)神である八十八重姫です。
宝明神は、八十八重姫の御子神で、許志伎命神社の御祭神です。

優婆夷大神は八丈島に渡り、古宝丸(宝明神)を生み、やがて手を携え八丈島を開拓し繁栄に導いたとされます。

西山(八丈富士)の南麓の旧地名を「甑山(こしきやま)」といい、許志伎命神社は、もとは甑山に鎮座していたといわれます。そして甑が、古敷となり、古布となって、古宝に変化したとも。

ちなみに、「優婆夷」とは、仏教で仏、法、僧の三宝(さんぼう)に近く仕える女性で、三帰五戒をうけた在俗の信者を意味し、男性の優婆塞(うばそく)と対をなします。
語源はインドのサンスクリット語ウバシカで、その音訳です。
「三宝」とは、仏教で仏・法・僧の三つを宝にたとえた語で、仏は迷いから覚めて悟りを開いた人、法は仏が説いた教え、僧はその教えをうけて修行する人およびその集団をいいます。
「三帰五戒」とは、帰依仏、帰依法、帰依僧の三帰と、不殺生(ふせっしょう)、不偸盗(ふちゅうとう)、不邪淫(ふじゃいん)、不妄語(ふもうご)、不飲酒(ふおんじゅ)の五戒をさし、仏教信徒になるための基本条件です。

参考
〔「優婆夷」(うばい)とは
サンスクリットのウバシカの音訳。漢訳して近事女(ごんじにょ)、清信女(しょうしんにょ)などという。
仏教で仏法僧の三宝に近く仕える女子で、三帰五戒をうけた在俗の信者をさす。
男子の優婆塞(うばそく)と対をなす。
三帰五戒とは、帰依仏、帰依法、帰依僧の三帰と、不殺生(ふせっしょう)、不偸盗(ふちゅうとう)、
不邪淫(ふじゃいん)、不妄語(ふもうご)、不飲酒(ふおんじゅ)の五戒をさし、仏教信徒になるための基本条件である。〕

〔「三宝」(さんぼう)とは
仏教で仏・法・僧の三つを宝にたとえた語。
仏は迷いから覚めて悟りを開いた人、法は仏が説いた教え、僧はその教えをうけて修行する人およびその集団をいう。〕

『日本史広辞典』山川出版社 より

例祭日:
11月13日

境内の様子

鳥居

拝殿

右側には授与所も見えます。

本殿

本殿の斜め後方には、一対の「織部灯籠」が立ちます。
戦国武将で茶人でもあった古田織部の様式を整え、流人の石工、仙次郎が腕を振るったと伝わっています。

八丈島最古のものといわれているソテツがあります。

島民のご先祖さま

八十八重姫は事代主命(ことしろぬし の みこと)の妃。
許志伎命(こしき の みこと)は、その二神の子ども。上記の古宝丸(宝明神)。

ご祭神二柱が、八丈島民のご先祖さまだといわれています。

陶器製狛犬は資料館へ

昭和49年、文筆家の小林秀雄氏によって、境内の末社から山犬型の陶製狛犬の頭部が発見されました。また翌年には、同じ狛犬の胴体部分も見つかっています。

この狛犬は伊勝型と呼ばれる山犬型陶製狛犬の特長を示していて、室町から桃山期に岐阜の大萱付近で焼かれたものと推定されるとのこと。現在は資料館に収蔵されているようです。

八丈島にあるこのほかの神社、八丈島へのアクセス情報は八丈島の旅行 旅のしおりからご覧いただけます。