金刀比羅神社(福岡)

どんな神社?

所在地:
福岡県 福津市 在自460番地

由緒:
宝永年間(1704-1711)に修験僧元海が天蓋山頂に建立し、その子 大澄が享保の初め、讃岐から金毘羅神社を勧請し、後に孫の秀関が寛延年中にこの地に移したと伝えられています。
海上安全、五穀豊穣、無病息災を祈願する絵馬や九月九日の御神幸祭での大名行列が有名です。
(津屋崎町による立て看板より)

    注記1

  1. 「天蓋山」(てんがいざん)とは在自山(あらじやま)の古い名称です。ちなみに、天蓋山は修験者の修行の地であったようです。
  2. 「讃岐から金毘羅神社を勧請」とは、今の香川県仲多度郡琴平町に鎮座する、いわゆる「金毘羅さん」から御分霊を招いたということです。
  3. この由緒書から読み取れることは、修験僧の元海が宝永年間(江戸時代)に在自山の頂上(現在”古宮”と呼ばれている場所)に神社を創建し、その子どもの大澄は讃岐(香川県)から「金毘羅さん」を招いて一緒に祀り、やがて孫の秀関が寛延年中(江戸時代)に在自山の麓の現在地に移したということです。
    ちなみに、神社の名称は、四国の金毘羅さんを勧請したことに由来すると思われます。

ご祭神:
大物主神(おおものぬし の かみ)
大己貴命(おおなむち の みこと)
少彦名命(すくなびこな の みこと)
大海津美命(おおわたつみ の みこと)
神功皇后(じんぐうこうごう)
応神天皇(おうじんてんのう)
仁徳天皇(にんとくてんのう)

例祭日:
9月9日

周辺の様子


この石段を上がり、神社境内に入っていきます。

鳥居


門のように立つ石柱は明治四十二年(1909)に寄進されたものです。

写真中央、石の鳥居は、安永四年(1775)の建立で、庄屋さんをはじめ有志の寄進であることが刻まれています。
安永四年は、前年に江戸で杉田玄白らが「解体新書」を刊行した、江戸時代中期から後期に移り変わる時期です。

明治時代から昭和初期にかけて造られた鳥居を目にすることは珍しくないですが、今から240年ほど前の鳥居が、こうやってここに現存し、目にすることになるとは全く予想外で、驚きでした。

寄進は、当時四十歳代から五十歳代の人達が中心だったでしょうから、そうすると今から300年近く前に生まれた人達が造ったわけで、これだけの時間を超えて今、目の前の鳥居にその人達の感謝や祈りの気持ちと心が込められていることが伝わり、感慨を覚えずにはいられませんでした。
しかも、秋田と福岡、東北から九州1000km以上離れた地に来ての、このような巡り会い。
寄進した人達の姿が目に浮かぶ思いで、歴史という時間の流れの中に生きている自分の存在を意識せざるをえない感覚にとらわれました。


右の柱に「安永四乙未歳」
左の柱に「十二月大吉祥日」
掲額には「金毘羅宮」
右の柱の下部には、”當村庄屋”と個人名
左の柱の下部には、”発願主”、”行者”と個人名
全体が石で造られ、このように彫られています。
ちなみに”安永四乙未歳”とは、元号が”安永”、その”四年”、干支(えと)は乙未(きのと ひつじ)の歳(年)ということを表しています。
”當村庄屋”とは、”当村庄屋”、”この村の庄屋”の意です。

社殿


銅板で屋根を葺き、柱や壁など建物全体も綺麗に整え、境内も枯葉が見あたらないくらいきちんと掃き清められていることから、地元の人たちの大切にする心が、見てとれます。


社殿左側には、末社と思われる五社が石の祠(ほこら)に祀られています。
紙垂(しで)がきちんと注連縄につけられるなど、きれいに整えられている祠の様子からも、地元の人たちの心遣いが伝わります。
各々の姿、形から、五社それぞれ特有の歴史を持つであろうことが窺われれます。
奥から手前へ、祇園(ぎおん)社、貴船(きふね)社、保食(うけもち)社、厄之神(やくのかみ)、道祖神(どうそじん)と鎮座しています。


ほぼ中央に賽銭箱があり、社名が記されています。


奥から見ると、このよう。
ここでも、行き届いた心の有り様が感じられます。


云われは分かりませんが、このような祠もあります。


石で造られた祠の全容です。


右側は恵比寿さま、左側は大黒さま
石の祠が並ぶ手前には、大きめの石に乗せられた、このような石像もあります。

在自山(天蓋山)の古宮


在自山の山頂から少し下がった地に鎮まる古宮

古宮の由緒

在自山(天蓋山)の古宮
金刀比羅神社の古宮です。
宝永年間(1704-1711)に修験僧元海が
祠を建て、その子大澄が讃岐の
金毘羅神社を勧請したのを、
孫の秀関がこの地に移したと
伝えられています。
津屋崎町

 

 

 

    注記2
    読み方

  1. 在自山〔あらじやま〕
  2. 天蓋山〔てんがいざん〕
  3. 古宮〔ふるみや〕

    注記3

  1. 津屋崎町(つやざきまち)とは、平成17年福間町と合併し福津市となる前の福岡県宗像郡の町。